2009年1月18日日曜日

インドライフで大変なこと


日本から戻ってきてからというものずーっと疲れがとれなくて毎日ぐったりしていた。仕事がヒマなときはそれでもなんとかなったけど、正月休みがあけて通常の業務量に戻ってくるとなかなか身体がついていかない。仕事から戻って晩ごはんを食べるとぐったり眠って夜中におきてシャワーをしたりしてまた寝る。という生活パターンでつらい。しかも仕事でストレスが溜まるようなことが結構起こる。夕方、夜には誰からも疲れてるね~と声をかけられる。

やっぱり生活パターンの違いがなかなか疲れがとれない原因のひとつかもしれない。掃除機もないし、洗濯機だって二層式の、使うたびごとに移動させて排水ホースと水のホースをセットしないといけないし、排水口はとにかくおそろしい気分になるものだ。(ネズミとかゴキブリがでてきそうな。。)台所には戸棚がない。しかも埃っぽいのでなんでもすぐにざらざらになる。なのでお皿やおわんは最小限のものだけ。しかもお皿、陶器のものは少なくプラスチック?のもうちょっと頑丈な感じのものしかない。陶器のものはあってもかなり重くてデザインも選べないうえに高い。やっぱり器を楽しむというのは贅沢なことなのかもしれない、と思う。それでも私のアパートはインドでの普通の家庭レベルなんだろう。
でもついに見てしまった。思わず、叫んでしまったし、涙が出そうになった。シャワー、ようするにお風呂場(というには日本のものとはかなりかけ離れている)の排水口はフタが簡単にあくもので、そのフタをとると気持ち悪いけれど汚い排水溝が見える。先週ぐったりしているときに夜シャワーができなかったから朝シャワーをしようとすると、その排水口のフタが微妙に動いている。イヤな予感がしたけれど閉め忘れたんだろうとあまり気にしなかった。そして翌日もシャワーをしようとするとまたフタが微妙にあいている。もう気持ち悪いなーと思って排水口フタのうえにおもりとして大きなバケツをおいて出かけた。そしてその夜、見てしまった。ねずみ。私が排水口におもりをしてしまったのでねずみが家にもどれなかったらしい。思わずパニック!叫んでしまった。ずいぶん前に道端でみかけたものよりははるかに小さかったけれど、コワイ。よくよく考えるとおもりがあったためにそのねずみは家に帰れなかったとすると、おもりをとってやるとネズミの家に帰るのではないかと思い風呂場のドアを開け放しておもりをとっておいた。すると30分ぐらいしてからか、カタカタ、カターンと金属のものが動く音がした。ひょっとして台所か??と思って動けない。5分くらいして風呂場をのぞいてみると排水口のフタが完全にあいている。きっと家に帰ったんだろうと思って改めてフタにおもりをした。それから音も聞こえないし、見かけることもないのでもういない。と思いたい。もしいたとしたらどうしたらいいんだろう?罠をしかけるとしても、罠にかかったネズミなんて怖くて見たくない。ネズミなんて日本じゃみかけることはなかったし、驚いた。おかげで眠れなかった。

仕事でイライラすることがあるとちょっとお散歩しようと思って外にでる。少し歩いて町の人を見てると気分もかわるか。と思ったらまったく逆だ。とにかくジロジロ見られる。ストレス発散どころかかえって疲れるのだ。こちらで町を歩くと老若男女を問わずジロジロ見られる。食料品の買い物でレジに並べば前に並んでいるお母さんにぴったりくっついている男の子もジロジロ見てくる。後ろに並んでいる子供が泣いていても私が振り向くと一瞬泣きやんでジーッとこっちを見る。男の人はもちろんジロジロ見るし、おばちゃんだっておじいちゃんだって物珍しそうにこっちを見る。きっとたいした意味はないに違いないが、とにかく疲れる。まだまだインドに溶け込んでない証拠かもしれないけれど、そんな日はやってくるのだろうか??

写真は上から同僚ナターシャのお義姉さんのお店。下の2枚はお気に入りのインドの洋服のお店。とにかく商品が折りたたんで並べてあるのでなかなか選ぶのが難しい。いっぱい出してもらってもお店の人が片っぱしからまた折りたたんでいく。

2009年1月13日火曜日

油断した~


金曜日の朝、いつもよりリキシャの数が少ないし、立て続けに乗車拒否された。そこで、あー、またストライキね。と合点がいった。やばい!遅れる~!次にリキシャを見つけたら30ルピー払うって言おうと考えつつリキシャを待つ。やっとリキシャをとめて、「30ルピー」、「No」、「40ルピー」「No、50!」、、、「えーっ!」といちおう驚いてみたけど、リキシャはいまにも走り去ってしまいそうだ。むりやり乗り込んで「OK、50ルピーね」と、交渉成立。しかし50ルピーと決まるとなかなかのんびり走ってくれる。しまいには、そのへんを歩いていた女性を運転席に乗せて、おしゃべりしながらノロノロと走っている。何台も別のリキシャに追い越された。もー遅刻だよ遅刻ーとイライラしていると女性が降りた。さー急いでもらおう。と「急いでるんだけど」と言ってみた。すると「僕の妹なんだ」と。。「違う~!急いで欲しい~」とさらに続けると、ヒンディとマラティしか話さない。と言われた。そうかー、あきらめてどうしてストライキなの?と聞いてみるとストライキじゃないんだよ。ガソリンがないんだよ。と言ってるようだ。どうしてガソリンがないの?と聞くとその先は英語しゃべれない。としか答えがなかった。そういえば、今週は疲れて夕食を食べたあとに眠ってしまい夜中に起きて寝る準備をするという不規則なパターンだったのでニュースも見てない。朝はCNNがついているけれどインドのオイルの会社のストライキなんて終わったその日にしかニュースになってなかった。今回、帰りのリキシャはつかまらずなんと歩いて家に帰った。お腹がすいて疲れたけれど歩けない距離ではないことがわかったのと、時間もはかったつもりがあまりの空腹さに何時に歩き出したのかまったく覚えてなかった。時計を見たのは覚えているけれど、、。あー疲れた。
  初めてインドでテニススクールに行った。Yすけくんが通っているYMCAのテニススクールで子供に交じってクラスを受けてみたら、テニスじゃなかった。トレーニングだった。走って、走って、ストローク、走って、走って、ストローク。ボールを打っている時間より走っている時間のほうが多い。もうダメだ。なんども「もームリ!」と叫んでいた。こどもたちはなかなかの腕前でボールに追いつくし、コーチの意地悪?な球出しもなんなく返している。。やっぱり私はトレーニングより楽しいテニスがしたい。そしてテニスコートのボロさに驚いた!! なんとコンクリートのコートだ。それがもっと驚くことに日曜日に行ったテニスコートはもっとひどいコンディシヨンだ。しかも12時で閉まるという話だったのに無理やり忍び込んでテニスしたら警備のおじさんに怒られた。この日一緒にテニスしたYすけくんとRyoくんはインドのテニスうまい人達はどこでテニスしてるんでしょうねー??と、、、ほんと、どこでテニスしてるんだろう??ひさしぶりのテニスで肘が痛い。。。

  またまたTATAインディコムで怒った!日曜日の夜に、さーブログをUpしようとしたらインターネットにつなげない。またあの感じ悪いTATAインディコムに行かないといけないらしい、そしてきっとすぐインターネットには繋げないんだろう、、。もうイヤになる。月曜日、仕事帰りにTATAインディコムへいってみるとやっぱり対応が悪い。日本だとある程度のサービスは期待できるけれどインドの市場ではそこまでサービスしなくても商売が成り立つんだろう。なにしろすごい人口だもの。とにかく待たされた挙句に今日は繋げないらしい。1分とかからなかった。パスポートか他の身分証明書を出さないと繋いでくれないそうだ。もう怒りを通り越して、やっぱり会社を変えようという気になった。毎回リキシャに乗ってわざわざ出向いて、この対応だ。あきれてしまった。もういい。TATAインディコム。けっきょく近所の電話の代理店をやっているおにいちゃんがTATAインディコムより高かったけど面倒みてくれて、結局パスポートコピーとか書類を出さなくても翌日からつながるようにしてくれた。いったいどんな仕組みになってるんだろう??? しかし、近所の電話やのおにいちゃん、すごい。そして感謝!

写真は上から、近所の行きつけの八百屋さん。ヒンディーオンリーだけどいつもヒンディーを教えてくれたり、野菜をおまけ?してくれたり親切。そして驚いたテニスコート。最後は同じアパートに住むおばあちゃん。ヒンディは1言もわからないけどいつも話しかけてくれる。かわいい。

2009年1月4日日曜日

2009年


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!

年末は大掃除をして、新年用に稲荷ずしを作った。ビールでも飲みながら世界のカウントダウンを見て年を越そうとしたら、そんなTVプログラムを発見できなかった。地元のTVではやっていたけど面白くないのでしょうがない、CNNでも見ながらブログを書いて年を越した。あまり新年の気分にならない。気温もまあまあ暖かいし、外では人の声がすごいし、夜中の1時をまわっても子供の声がしている。そのうえ、1日でも朝7時半からの出社だ。2時頃やっとベッドに入った。
  とりあえずお正月なのでちょっとだけおしゃれして、稲荷ずしをランチに持っていった。ダニエルとYすけくんと食べるつもりだ。ダニエルはカレー(マサラ)味というかスパイスの効いた味になれているので少し甘くて酢がきいたごはんなんて食べれるんだろうか?寿司たろうにちりめんじゃこを入れていなりあげにつめている。食べれるかどうかちょっと心配。仕事はやっぱりヒマである。担当の日本のマーケットはもちろん休みだし、きっとどこの国でも新年は休みなんだろう、全体的に問い合わせも少ない。1日ぐらい休みでもよかったんじゃないかと思う。今日出社している人と記念撮影なんかしたり、週刊誌を読んだり、まったく働く気にならない。そして待ってました、ランチ!やっぱりダニエルにはあまりあわなかったみたいだ。どうもちりめんじゃこがダメだったようで、なんかこの魚の目がこっちを見ている感じがする、と言っていた。しかも昔飼っていた魚の子供が生まれたときはこんな感じの小さな魚だった、と懐かしい記憶を呼び起したようで、いまひとつ、、、。白魚の踊り食いの話をしたら、「う~ん、それは残酷だね。」と悲しそうだった。こんどはアボカドとスモークサーモンでちらし寿司にしてみよう!
 そして土曜日にはインドで初の英語映画にチャレンジした。しかも1人で。きっと英語の映画はガラガラだろうと踏んでいたのに意外と人が多い。指定席なのでチケットを買ってコーヒーでも飲んで時間を潰していくと両脇は男性2人づれだ。意外なことに男性2人づれというのかカップル?というのかが多い。2人で仲良くポップコーンでも食べながら見ているけれど、きっとゲイではないんだろう。だってこっちでは男の子同士で手をつないで歩いていたり、交差点を横断している。そういえば会社の子も横断するときに私の手をひいてくれたっけ。。まーそれはいいとして、とにかくフレンドリーな観客なのだ。左隣の2人づれは遅れて席につくなり、「もう始まってるの?」とか聞いてくる。映画に夢中でうわの空で「そーだよ」と答える。今度は人が殺されるシーンで目をかくしていたら、「だいじょうぶだよ、映画なんだから」と声をかけたられた。もー、せっかく映画に集中していたのに、、、。そして私が目をかくしていたのを隣の連れに話している。。。。もー!

肝心の映画はニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマンの「Australia」。ムーランルージュの監督であったのと美しい景色、、というのにひかれて見に行った。いやいや雄大な自然に感動して、馬に乗りたくなった。良い映画だったと思う。ただ日本軍が攻撃してくるシーンでは、もし隣のフレンドリーなインド人にどこから来たの?ときかれたら中国か韓国って答えようと思った。日本軍が真珠湾攻撃の後にオーストラリア(ダーウィン)まで攻撃していたなんて知らなかった。ごめんなさい。
でもやっぱりインド。映画の途中でインターバル(トイレ休憩)が入った。思わず「もーっ!!」とつぶやいていた。

2009年1月1日木曜日

2008年


2008年を振り返ると最も移動距離が長い年だったと思う。2007年9月からスタートしたUNCCの英語プログラム受講のために1月は福岡からノースカロライナに移動した。そして3月のスプリングブレイクにはノースカロライナのシャーロットからフロリダは最南端キーウェストまでロードトリップに出た。そして5月、サンフランシスコの友人宅でのんびりしたあと、ワイオミングのイェローストーン国立公園までまたロードトリップだ。カリフォルニア、ユタ、アイダホ、ワイオミングをドライブして、ノースカロライナに戻ってから日本に帰国。そして1か月ほど福岡でバタバタした後にインドへ。最近、2週間ほど前には福岡に戻ってまたムンバイに戻ってきたのでかなりの移動距離だ。そしてよく泣いた年だった。悔しくて泣いたし、友達との別れが悲しくて泣いた。ストレスが溜まると泣いてすっきりしたし、涙が出るほど笑うこともあった。インドに来てからはリキシャの中で涙が止まらないこともあった。一口でいろんな事があったと言うのは簡単すぎてすっきりしないけれど、いろんなことがあって2008年はとても名残惜しい年となった。

ノースカロライナUNCCでのルームメイトにクラスメイトそして学内の友人たち。一緒に勉強して、食事して、おしゃべりして、旅行に行った。アメリカ大統領選の年で学内にCNNの有名キャスターがきたし、ビル・クリントンの演説も聞きに行ったな。大統領選に関するアンケート調査をしてスピーキングのクラスで発表する宿題は楽しかった。フロリダとワイオミングの国立公園、ユタ州のソルトレイク(塩田?)は感動ものだったし、サンフランシスコにいる間に今のインドの就職先を見つけた。こんな経済状態になるなんてちっとも予想できなかったけど日本国外に就職先を見つけて良かったのかもしれない。インドでの生活がこんなに刺激的で大変なものとは予想だにしなかったけれど。。。Diwali(ヒンドゥー教の新年)、Ganeesha神のお祭り、そして仕事。楽しいことも大変なこともごちゃごちゃで必死のインドライフだ。そしてムンバイテロ。同じ市内で銃撃戦があっていると思うとゾッとしたしテロリストには本当に腹がたった。年末の今はイスラエルのガザ攻撃だ。2009年は血なまぐさい事が減ればいいのだけれど。。。2009年はいったいどんな年になるんだろう。あと半年は確実に続くインドライフ。くじけずにやれるだろうか。笑えることが多いだろうか。旅行には行けるだろうか?楽しみのような怖いような気分だ。まるで初めてアメリカに留学したときに楽しみと不安が半々で膝がガクガクした時のような感じ。来年こそはエキササイズと英語の勉強にもっと力を入れたいな。毎年新年の抱負は似たようなもんだ。とにかく生活に必死だったインドライフを少しでも楽しみたい。そして景気回復するようオバマ大統領に期待!

みなさんの2008年はどんな年だったのでしょうか?2009年がみなさんにとって良い年になりますように!2009年もどうぞよろしくお願いします!

2008年12月28日日曜日

あっという間の、、、


ものすごーく楽しみにしていた一時帰国もアッという間に終わってしまった。わずか10日間でも盛りだくさん、甥っ子の「おゆうぎかい」に始まり、JJ仲間とのおいしい食事と楽しいおしゃべり、髪を切りに行って、古い友人に会って、クリスマスのイルミネーションも見に行ったし、お気に入りの「平うどん」のえびわかめうどん、「中洲ぜんざい」のおしるこも食べた。餃子パーティーもしてもらったし、おいしい魚も食べた。アウトレットに買い物にも行ったし、JJのオフィスにも行った。おいしい中華料理も食べに連れていってもらって、かわいい甥っ子たちにべったりで大満足。
わざわざ大阪から来てくれたいっきゅうさん、本当にありがとう。カレンダーの手配をしてくれたOべっち、岡だDM、Kっはー、S口くん、S本さん、忙しいところすみませんでした。でもインドで重宝してます。メディカル系の担当者に大好評ですよ。ありがとうございます。そして忙しいところ時間をとってくれたKつみ~、ありがとう!久しぶりに会えて嬉しかったよ~!そしてJunkoとAnちゃん、おいしい魚と餃子ありがとう~!よしちゃん、電話楽しかった~久しぶりにプロフェッショナルな話を聞けて参考になりました。ムンバイと東京、場所は違ってもプロフェッショナルに働くって大変だけど大事だね。周りに流されないようがんばるわ!そしてMよさん、いろいろありがとうね~!おかげで充実した休暇だったよ。手づくり最中おいしいよ!!たっこん、ビジネスクラスありがとう~!ホンコン―ムンバイ間は特に快適だった!機内食もおいしかったしねー!
 そして24日の明け方2時過ぎにムンバイへ。入国にもっと手間がかかるのかと思ったらすんなり、外国人登録証もまったくチェックされなかったし、拍子抜けするぐらいポンポンとハンコを押してくれた。簡単に入国できずに日本に返されるなんてこともちょっぴり期待していたのだけれど???? 入国用の紙もところどころわからなかったので空欄にしていたのに何も言われないし、外国人登録証もチラッと見せたけどチェックなし。拍子抜け~~そして警戒が厳重な出口へ。6月にやってきたときとはうってかわってきれいな建物になっている。どうやら工事が終わったらしい。そして、初めて乗ったエアコンが効いてないタクシー。座ったときになんとなく息苦しく、椅子もちょっと大丈夫かな?ダニとか?と思わせるシートで、あー、インドに戻ってきたんだ。と実感。あーあ。そしてアパートに戻ると虫は見なかったけれどホコリがすごい!!! なぜ??? 窓を閉めて出たのでムッとするくらい暑いし、ホコリはすごいし、、こんなことになるなら窓開けていけばよかった。。。インドに帰ってきたんだなーと思いつつ明け方3時半ごろに部屋の掃除をしながらかわいい甥っ子たちのことを考えていた。あと数時間で出社だ。

24日のお昼すぎに出社すると久しぶりの出社でみんながいろいろと声をかけてくれる。CEOと取締役にも「Welcome back」と声をかけてもらった。(いっきゅうさん、やっぱり「帰っておいで」と言われてたみたいよ。「かえってくるな!」じゃなかった~!)福岡で風邪気味だったためまだ熱があるのか、よく眠ってないからボーッとしているのか1,200通以上の未読メールもなかなか片付かない。隣に座っている小僧さんのYすけ君に一方的に日本での話をする。なかなか仕事モードにならない。いろんなことに気が散っていたので、おみやげの筑紫もちをみんなに配って歩いた。こっちではベジタリアンの人もいるので卵を使ったお菓子は配れない。よくよく考えると日本のお菓子は卵を使ったものが多いし、スナック菓子もえびせんとか小魚を使ったものが多い。でも筑紫もちはOK。やっぱり、「ベジ?」と確認されたけど。つくづく私は日本人だなーと思った。日本食に日本のお菓子がやっぱりあっている。

2008年12月15日月曜日

いよいよ

いよいよ!
 待ち遠しかった一時帰国の時がやってきた。エルビラが本当に心配してくれてタクシーの予約から、はたまた予約受付のメールは届いたか、ちゃんとドライバーはやってきたか、パーティー(忘年会)からの帰宅途中に別れてから1時間おきぐらいに電話をくれる。きっとドライバーは時間どおりにやってこないだろう。という計算のもとか、11時半にタクシーの予約を入れてくれていた。予約確認のメールがきたかどうか確認の電話があったときは11時すぎ。あと30分でタクシーくるからね。と言われたときはまだパジャマ姿のシャワー後の髪もぬれている状態でパッキング中だった。あと20分。きっかり23時半にスーツケースに鍵をかけた。ガスの元栓しめて、窓も閉めてみた。きっと帰ったらあいてるだろうと思うくらい適当だ。ここ何カ月も窓を閉めたことがないのでもうどうでもいい。でもタクシーが来ない。30分は遅れてくるだろうと予測していたものの20分待つと不安になってきた。ハイジャック警戒でセキュリティーが厳しいはずだ。3時間前には空港に着いておきたい。3時50分のフライトなので24時50分に到着すればいいのでまだ大丈夫。。。。。エルビラがタクシーに乗ったら教えてね。と言っていたので遅れてるけど、ドライバーには電話で確認したから大丈夫だよ。とメールしていたらやってきた。なんと普通の車だ。乗ってみるとメーターもない。おまけにドライバーはあまり英語が通じない。どうも遅れてきた言い訳をしているようだけれどよくわからない。時計を見ると24時15分。よし。50分までには空港に行ける!
。。。。やっぱりね。。。。インターナショナル空港の表示が見えた!と思ったらすごい渋滞でないかなか進まない。毎回交通マナーのなさに驚くけれど、今回はいつにもましてすごい。ドライバ―が突然Uターンをして走り始めたと思ったらどんどん違う方向に走っていく。ひょっとして国内線に連れて行かれるんじゃないか?と思うぐらい逆方向だ。しかもまた渋滞。しばらく行くとインターナショナルのサインが見えた。よかった。と安心したのもつかの間、また長い渋滞だ。。。。う~ん。困った。しかしどうもこのドライバーは早く家に帰りたいらしい。なんと今度は逆走を始めた。対向車が前からやってくる。ぶつかる~~~~!! 誰かに注意された。そしたらまた逆戻りするようだ。結局渋滞の中に戻るのね。と思ったら今度はバックで逆走始めた。もっとこわ~~~~い。
やっぱり空港は厳重警戒でライフル銃?をもった軍の人がいっぱいだ。でも出発カウンターに入るとガラガラ。よく考えたらテロのあとはやっぱり旅行者は減っているんだろう。シャーロット(NA)、サンフランシスコ(CA)の混雑ぶりと比べるとかなりガラガラだ。空港のまわりのほうが渋滞で混雑している。搭乗券がない人はビルの中に入れないのでビルの外に人があふれている。そしてなんとセキュリティーの軽さに驚いた。サンフランシスコで別室に入って髪がボサボサになるくらいエアーをあてられたのと全然違う。水のボトルも簡単にクリア。(きっとムンバイは液体の持ち込みの規制がないのかな?)そういえば何日か前の新聞にキングフィッシャー航空(インドのエアライン)で身分証明なんか確認せずに発券されていたり、1人に何枚もチケットが発券されていたと載っていたっけ。テロの後だっただけに結構大きく出ていたな。とにかくやっとラウンジでPCを開く。しかし、Wifiもなければ、ゴミも散らかり放題。エルビラが心配しているからフライトスケジュールをメールして、クニにも無事ゲートまできたことをメールする。あっと言う間に搭乗時間となり機内へ。快適!初の全面フラットシート。食事の時間になったら眠っていても起こしてもいいですか?と聞かれた。はい。と答えて朝食のメニューも選んでいたのに着陸30分前まで熟睡。起こされたのも気づかなかったらしい。香港の国際空港へ。すごく肩の力がぬけた。ここではアジア系が主流なのでジロジロ見られることもないし、みんなおはしでごはんを食べている。空港のカフェテリアのメニューにも食べたいものがいくつもある。マサラ(カレー味)ではない。ムンバイを出てすっかりホッとした。テロの影響なのか、それとも仕事のプレッシャーなのか、透明のバリアを抜け出た感じだ。ムンバイで生活している限りでは特に気が張っている感じではなかったのに。なんだろう。さー次はいよいよ福岡だ。きっと寒いんだろうな。サンダルでコットンのトップにインドの二層式洗濯機でヨレヨレになったジーンズだからな。。。早く帰ってお風呂に入りたい。。。。

2008年12月7日日曜日

新しい気分で

ニュースをつけるとムンバイのテロ事件のことを言っている。テロ事件は1週間と少しまえのことだ。パキスタンの関与が取りざたされていて、ライス国務長官がパキスタンとデリーに早速やってきた。この素早い行動をみると、よっぽど関係が緊張しているようだ。そういえばマケインもパキスタン入りしていたな。新聞を開くとタージホテルの再建案がのっていた。完全に復活するまでにどのくらいかかるんだろう?そして今度はハイジャックの警戒がされている。特にインターナショナルフライトは警戒が必要だそうだ。13日未明のフライトの予定なので何事もないように、とにかくこの1週間無事に過ぎてほしいと思う。でもテロのニュースが少なくなったら今度はEconomy in crisisのニュースが多くなった。今朝の新聞は公定歩合のカットを報じている。1%のカットだけれどホームローンの金利を下げた銀行はただひとつ。新聞やニュースは景気の悪いニュースを報じているのに普通の生活ではあまり景気の悪さを感じない。いつも利用しているStar Bazarでの食料品ショッピングでは先週の日曜日はすごい買い物客で驚いた。スーパーの商品が一部なくなるほどだ。レジも気が遠くなるぐらいの列だし、1家族で2カート分山盛り買い物している。なんといってもカートがなくなるぐらいの人出だ。スーパーが大混雑。本当に景気が悪いのだろうか。それとももっと後で感じるのだろうか。
 オフィスの席替えがあった。エルビラの隣で楽しく仕事をしていたのに、ちょっとさみしい。ということで席替え前の金曜日にデザートをオーダーして楽しんだ。カスタードフルーツ。ムンバイに来て約5か月お世話になった席。はじめは静かな部屋にキーボードをたたく音だけが響いてこわかった。エルビラが引っ越ししてきてからはおしゃべりも楽しく、最近はゴシップ、愚痴話なんかもするようになっていて、これから新しい席でストレスが溜まるんじゃないかと不安だ。いいこともあるけれど。。、。いままでの席は小部屋になっていてかなり寒かった。平均気温20℃くらい。それから解放される。とにかく1週間がんばれば日本に帰れるのだから退屈だろうが、やりにくいだろうが、とりあえずがんばってみよう。
   そして土曜日、ジムの帰りに一人でショッピングに行った。おみやげのクルタ(インドスタイルのトップ)を購入。なかなかかわいい。朝ごはんをろくに食べてなかったのでかなりおなかすいた。そのうえ日傘をさしていても暑い。もっと向こうまで歩いてお店をみたいけど、、限界だ。。。。と思ったら目の前にHot rollと書いてあって、おいしそうなにおいがしてるではないか!まよわずチキン!とオーダーして待つこと3分くらい。うけとったチキンロールは熱くてずっしり重い。温かいうちに食べたい!と思ってさっそくリキシャでうちに帰る。ものすごーくお腹がすいていたので1個でたりるかな?と思ったら多すぎた。量的にはさほどないのかもしれないけれど脂っこい。マサラの効いたスパイシーなチキンと野菜を厚手のクレープのような生地を卵をかけてやいたものにくるんであるけれどGhee(こちら特有の油)がたっぷりかかっていて重い。なんとか食べてしまうと今度は眠い。そういえばジムでも寝ぼけてたもんなーと考えているといつのまにか眠ってしまった。食べて寝る、せっかくジムで頑張った分以上にカロリーをとってしまったような気がする。みたかったTVもいつの間にか次の番組になっていた。まーエネルギー補充ということで、、帰国前の1週間をのりきろう。寝不足になろうが、ヤル気をなくすことがおころうが、くじけるものか!土曜日の未明には飛行機にのっているはずなのだから。

今週は仕事の帰りにディナーに行った。チキンロリポップ、ごはんと麺が混ざったチャーハンのようなものにグレービー(スープ?タレ?)をかけて食べる。チキンを食べすぎた。でもおいしかった。頼んだライムウォーターがまたおいしい。ライムがふんだんに使われていて甘酸っぱい。4人で食べて1人あたり125ルピー。う~んリーズナブル。

いちごと葡萄の季節がやってきた。イチゴはすごい上げ底の箱に入っていて、しかもあまり甘くない。だけど葡萄はおいしい!